続・雨垂れ石を穿つ素数ゼミの七転び八起き

石の上にも三秒ルール。
三年なんて待っていられない。
焼き芋を作るのだ。

まず芋を洗う。土は頑固だ、たわしでこすれ。皮を破いてはいけない。
水気を含んだ芋を新聞紙で包み、その上からアルミホイルで二重に巻く。火の直上に置くのではない。石の上だ。石が熱を抱き、ゆっくりと伝えてくれる。

見ろ、皮がしっとりと汗をかき始めただろう。
ホイルの隙間から黄金の液体が滲み出す。蜜――そう呼ばれるものだ。だが正確には麦芽糖、すなわちマルトース。デンプンが加熱で分解され、甘味へと転換された証であり、腐敗ではない。

この輝きこそ、自然が用意した奇跡の変身なのだ。
指先で蜜をすくい、舌に乗せる。
……濃厚だ。蜂蜜に焦がしキャラメルを垂らしたような甘さと香ばしさの二重奏。

火力は弱くなければならぬ。強火では皮ばかり焦げ、中は生煮えになる。
待つ。待つという調理法にこそ、文明の叡智が宿っている。

しかし、その蜜に誘われミツバチが飛来した。反射的に手で捕まえる。
ワン、ツー、スリー。
だが開放はされなかった。結果、掌に針が突き刺さる。ルールは守るためにあるらしい。

その時――カコンと鹿威しが鳴った。
湯けむりの奥から、日本国籍のテントウムシとアブラムシ夫妻が浴衣姿で現れた。真面目に年金を納めている、平凡だが仲睦まじい夫婦である。

閑さや…
その瞬間、それは芭蕉の俳句となった。
だが完成を許さぬ影がいた。

ロビーの片隅から、今夜入水予定のカマキリが立ち上がったのだ。
陰謀だ! その句は本当はセミじゃなく、俺の絶叫を写したものなんだ!

客が凍りつく。湯上がりの夫婦は触角を寄せ合って囁いた。
やっぱり来るんじゃなかったわね…

カマキリは前脚を振り上げ、声を張り上げる。
素数ゼミの出現周期はな、CIAが仕込んだ暗号なんだ。13年と17年、両方素数。なぜか。それは敵国の暦に干渉しないためだ。鹿威しも温泉も、芭蕉の句も、全部監視システムの一部なんだ!

誰も反論しない。
ただ焼き芋の甘い香りだけがロビーを埋め、雨垂れが石を穿つように、蜂の針が掌を穿つように、沈黙だけが残った。

手に残る小さな痛みを感じながら、芋の蜜はまだそこにあった。
蜜の香りに誘われ、アリが列を作ってやってくる。
次にはクモが、糸を垂らしながら忍び寄る。ハエも混ざる。なぜかカマキリ以外のカマキリが飛んでくることもある。

芋を置いた石の上は、異世界の市場のようになった。
虫たちはそれぞれ、蜜を巡って不条理な交渉を始める。
先に触ったのは俺だとアリは言い、空から見た権利があるとハエは主張する。カマキリは黙って威嚇するだけ。クモは糸で建築を始める。

三秒ルールは、もはや通用しない。
蜜を舐めるのか、刺されるのか、絡まれるのか、誰も決められない。
石は冷たい。芋は甘い。手は痛い。

やがて、全員が蜜の前で停止する。
何も起こらない。
ただ、微妙に動く影と、濃密な甘い香りが空気に溶けるだけ。

蜜は誰のものでもない。
石も誰のものでもない。
そして誰もが、3秒どころか3年の意味すら忘れた。

鹿威しは再び水を受け、倒れては立ち上がる。
そのリズムは七転び八起きの身振りを竹で模すように見える。音は会話の続きをすべて打ち消し、素数ゼミの鳴き声と湯気を一瞬で粉々にする。

そして、その無音の余白に筆が走る。
閑さや…の間に、俳句が完成したことにされる。だが俳句が誰のものかはもう問題ではない。意味はいつも尻に残る冷たさのように曖昧である。

最後に、蜜は蒸発する。
蒸気は空へと溶け、ゼミは羽化し、テントウムシとアブラムシ夫妻は再びチェックアウトする。
カマキリはロビーで陰謀を叫び続けるが、声は次第に風に紛れる。

雨垂れ石を穿つ素数ゼミの七転び八起き。
唱えるたびに、石は冷たく、芋は甘く、そして世界の輪郭が少しだけズレる。