石の上にも3秒ルール

石の上に三年座ると、石は温まる。
だが三秒座ると、ただ尻が冷たい。
その冷たさこそ真実だと誰かが言った。
誰かはもう石の下に埋まっている。

焼き芋を作ろう。
芋をよく洗い、泥を落とす。濡れたまま新聞紙で包み、その上からアルミホイルでぴったりと巻く。
炭火を熾し、火の中心ではなく端に置く。直火では焦げるから、じんわりと熱が伝わる場所がいい。
20分ほど経ったらひっくり返し、さらに20分待つ。
竹串を刺して、すっと通れば完成。
新聞紙の湿りが芋の皮をやわらかくし、甘味がにじみ出る。

その甘味――通称「芋の蜜」――は、厳密にはデンプンが熱によって糖化したものであり、腐敗ではない。
生物が腐って甘くなるわけではなく、ただ熱が芋の中で分子をねじまげ、甘い液体を生み出す奇跡のような科学現象である。
腐った匂いではなく、焦げと甘味の香りが混ざる幻想的な匂いだ。

芋の蜜に誘われて、ミツバチがやってきた。
蜜に手を伸ばすと、手に止まったミツバチ。
捕まえてみると、羽が小刻みに震え、針を構える。
3カウント……2……1……
放さなかったために、刺された。
だがミツバチは怒っているのか、芋の甘さに嫉妬しているのか、誰も答えられない。
手は痛い。芋は甘い。石は冷たい。

三秒と三年の間には、この芋の甘さほどの距離がある。
三年待てば灰になるが、三秒で拾えば焼き芋になる。
しかし、誰もが焼き芋を拾うとは限らない。
大抵は焦げた石ころを口に運び、苦い顔をして吐き出す。

だから石の上には、3秒ルールしか存在しない。
拾うのか、焦がすのか。
蜜に手を伸ばすのか、刺されるのか。
3秒以内に決めなければならない。

そして、手に残る小さな痛みは、決して無駄ではない。
それは、芋の甘さの影に隠れた、石の冷たさの証だ。